【GEAR SUNDAY】Emily A. Spragueのアンビエント音楽

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Issey
作曲家、音響エンジニア
23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?

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主に、エレクトロニックミュージックを制作する海外アーティストに焦点を当て、彼らが「どのような機材を使用して音楽を作っているのか」また、「どのような音楽哲学や日頃の習慣が、彼らの素晴らしい音楽を形作っているのか、そしてインスピレーションの源になっているのか」を探っていく企画「GEAR SUNDAY」。

今回は美しいアンビエント音楽を生み出し続ける、Emily A. Spragueの音楽制作の秘密に迫っていきたいと思います!

Emily A. Spragueとは?代表作は?

エミリー・スプレイグはニューヨーク州キャッツキル出身のアーティストで、インディー・フォークバンド「Florist」のボーカル兼ソングライターとしての顔も持っています。

僕はモジュラー使いとしての彼女しか知らなかったので、バンドをやっていて、さらにはTiny Deskにも出ていたというのはちょっと驚きです。

彼女が本格的にアンビエント音楽の制作に足を踏み入れたのは、2010年代半ばのこと。

最初のソロ・アンビエントアルバム『Water Memory』を2017年に自主リリースし、翌年には『Mount Vision』を発表しました。当初はカセットテープやBandcampで静かに公開されただけでした。それが口コミで広がり、じわじわと評価を高めていったのです。

2019年には大きな転機が訪れ、ビヨンセのドキュメンタリー映画『Homecoming』で彼女の楽曲「Thank You」が使用されました。この曲は、彼女が2014年に経験した生死に関わる自転車事故からの回復期に作った特別な作品でした。

同じ年、アンダーグラウンド電子音楽の名門レーベルRVNG Intl.が彼女の最初の2作をリマスターして世界流通させたことで、一気に知名度が上がりました。

今では彼女は、アンビエント・ミュージックシーンを語る上で欠かせない存在になっています。

Emily A. Spragueの使用機材:ハードウェア・ソフトウェア

エミリーのサウンドを支える中核は、モジュラー・シンセサイザーです。これはシンセの一種なんですが、通常のキーボードシンセと違い、音を作る様々なパーツ(モジュール)を自分で選んで組み合わせられるんです。アンビエント界隈ではモジュラーシンセを使っている人はかなり多いのですが、やはりモジュラーシンセにしか出せない、有機的で唯一無二のサウンドというのがあるんですよね。

彼女のシステムには、MonomeやMutable Instruments、ALM Busy Circuits、Make Noise、Intellijelなど、多数のメーカーのモジュールが組み込まれています。Mannequis社の「Three Sisters」フィルターやStrymon「Magneto」などもライブ動画から確認することができます。

モジュラー以外にも、Teenage Engineering OP-1という小型シンセサイザーを愛用しています。これはサンプラーや簡易マルチトラック・レコーダー機能も備えたポータブルシンセで、どこでもアイデアを形にできる便利なツールです。

OP-1 Field – サウンドハウス

ソフトウェア面では、Valhalla社製のリバーブ・プラグインが彼女の定番ツール。アンビエント音楽ではリバーブが決め手になることが多いですが、手頃な価格ながら質の高い、Valhallaプラグインで幻想的な残響を作り出しているんですね。

Valhalla VintageVerb | 80年代の空気感を再現する高品質リバーブ – スタジオ翁

制作ワークフローと手法:編曲・録音・ミックス・マスタリング

エミリーのアンビエント制作アプローチは、従来の曲作りの枠をガラリと壊すものです。バンド活動ではきっちりと構成された曲を作っていた彼女ですが、モジュラーシンセと出会ってからは「完全に非構造的」な音作りに魅了されたそうです。

モジュラーシンセは彼女にとって「白紙のキャンバス」のような存在。初めて触ったときに「これこそ自分の創作に合った形だ」と直感したんだとか。

彼女の創作プロセスは「瞑想的でオーガニック」。厳密な曲構成やテンポに縛られず、サウンドそのものが自然に成長していくような感覚を大切にしています。パッチを組む際も明確なゴールを定めず、音の変化に身を任せて即興的に展開させるそうです。

どこで音楽を終わらせるか、というアーティストにとって最大のテーマの一つに対しても、彼女のアプローチは独特で、「音が出来上がったと感じたらフェードアウトさせるだけ」なんだとか。

私が毎日作っているこの音楽、このアンビエントミュージックは、純粋な直感から生まれたもので、それは私の人生の一部としてこの芸術形式を実践してきたことでもあります。私は非常に直感に基づいた生き方をする傾向があります。もし自分の内側や周囲に、何かについて「イエス」か「ノー」と告げる力が本当に、本当にあると感じたら、その感覚に逆らうことはできません。それが今の私を、そして私がこれまで下してきたすべての決断に導いてきたのです。

ミックスやマスタリングについても、最小限の手を加えるスタイル。DAW上で細かく切り貼りして構成を作り込むよりも、即興演奏の一発録りを活かすことを大切にしています。音量バランス調整と必要最低限のエフェクト処理だけで、素の音を大切にするんですね。

直感に導かれることについて

創作習慣とインスピレーションの源

自然との関わりは彼女の音楽に大きな影響を与えています。曲名や作品コンセプトには水、山、花、霧といった自然モチーフがよく登場します。ニューヨーク州の山岳地帯で育ち、後にカリフォルニアの海辺や森でも過ごした経験が、彼女の音楽性を形作っているんですね。

そして「都会のエネルギーと田舎の静けさ、その両方が自分には必要」と彼女は語っています。アンビエントミュージックというと、どうしても自然豊かな場所や田舎を想像してしまいますが、彼女の場合は都会のエネルギーと自然のバランスをうまくとって音楽制作に役立てているようですね。

さらにエミリーは、毎日の音楽制作を瞑想のようにルーティン化しているとのこと。モジュラーシンセを触り、即興的にサウンドを生み出す時間は、彼女にとってセラピー的な意味合いもあるようです。心の声に耳を傾ける大切な時間なのでしょう。

「日々生み出す音楽は純粋な直感から来ている」と彼女は言います。そして面白いのが、録音した後の姿勢。少しでもピンとこないテイクは惜しみなく削除し、「後で聴き返さない音は残さない」という徹底ぶり。

僕もデジタルデータだからといっていくらでもパソコンに溜め込んでおくと、思考がクリアにならない感覚があるので、とても共感できます。でもピンとこないテイクは一旦残しておくのではなく、男らしく削除してしまうというのはなかなか勇気ある決断ですが、見習うべきところでもありますね。

おわりに

エミリーは、自分の直感や感覚に従いながら日々音楽に接し、日常生活の中でセラピー的な行為として音楽を作っているというのが特に印象的でした。

彼女はモジュラーシンセを使っているものの、そこまで高価な機材や複雑なテクニックは使っておらず、シンプルな道具で自分らしい表現を追求する彼女の姿勢は、音楽制作に悩む多くの人が参考にできる部分だと思います。

そして、いくつかの彼女のインタビューを通して感じたことは、彼女の紡ぐ言葉がとても詩的で、彼女自身の作品そのものを表しているような考え方や想いを持ち、日々生活を送っているということでした。彼女の音楽はもちろん好きですが、音楽だけでなく、その背景にある彼女の人生観や、そこから生まれる言葉も好きだったので、そういった意味で、丹精込めて作られた音楽というのは、その人の人生観や価値観がそのまま表れるものなんだと改めて気付かされました。

最近、AI音楽にばかり触れているので、こういった有機的でエモーショナルな音楽はとても心に沁みます…

それではまた、次回のGEAR SUDAYで!

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この記事の著者

Isseyのアバター Issey 作曲家、音響エンジニア

23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?