【GEAR SUNDAY】FKJの音楽制作手法と使用機材

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Issey
作曲家、音響エンジニア
23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?

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AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?
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主に、エレクトロニックミュージックを制作する海外アーティストに焦点を当て、彼らが「どのような機材を使用して音楽を作っているのか」また、「どのような音楽哲学や日頃の習慣が、彼らの素晴らしい音楽を形作っているのか、そしてインスピレーションの源になっているのか」を探っていく企画「GEAR SUNDAY」。

今回は多才なマルチプレイヤー、FKJの音楽制作の秘密に迫っていきたいと思います!

FKJとは?代表作は?

フランス出身のFKJ(本名Vincent Fenton)は、7歳でサックスを始め、10代前半には複数の楽器を独学でマスターしてしまったという驚異の音楽家です。高校卒業後は、映画やテレビ番組のサウ​​ンドエンジニアとして3年間の訓練を受けました。「作曲は13歳から自然にできたけど、音作りは科学だと感じたんだ」と、羨ましすぎる一言を残しています。

当時、何かが欠けていると感じていたので、サウンドエンジニアの訓練を受けました。音色、音量、ミックス、そして「歯切れの良さ」など、自分のサウンドをもっとうまくコントロールしたかったんです。でも、全く分からなかったんです。作曲?13歳の頃からずっと簡単にやってきたのに。でも、サウンド?サウンドは科学です。だから、実践的な訓練を受けようと決めたんです。

2012年に「Roche Musique」からデビューEPをリリースしましたが、当初は自宅録音した楽曲をSoundCloudに投稿する「ベッドルームプロデューサー」でした。ところが、自分で様々な楽器を重ね録りする映像をYouTubeに投稿すると、その姿に多くの人が魅了されます。さらに、2017年にサックス奏者Masegoと即興セッションした「Tadow」は一発録りの映像が公開されるや否や瞬く間に拡散。何億回もの再生数を記録する代表曲となりました。

2017年にはファーストアルバム「French Kiwi Juice」、2022年にはパンデミック中の体験を反映したセカンドアルバム「VINCENT」をリリース。現在は、コーチェラなど世界中の大型フェスでヘッドライナーを務めるまでになっています。

ライブ映像を観ると、彼の魅力が一発でわかるでしょう。

天才的なドラマーYussefとのコラボ
ウユニでの美しすぎるライブ

FKJの使用機材:ハードウェア・ソフトウェア

FKJが愛用している機材をいくつかご紹介します。

まず、DAWとしてはAbleton Liveを使用しています。彼はライブパフォーマンスが多いので、Abletonを使っているのは納得ですね。さらにライブでは、APC40 MKIIやLaunchpad Proなどのコントローラーを使ってクリップの録音・再生やミキシングを行います。

鍵盤楽器ではアコースティックピアノを一番信頼していると語るFKJ。「電源を入れる必要もなくそこにある」ピアノの存在感を大切にしているようです。シンセサイザーとしては、Nord Lead A1Roland SE-02、そして旅先でもアイデアスケッチに使えるYamaha Reface CSなどを愛用しています。最近ではEurorack形式のモジュラーシンセも導入し、新しい音色やリズムの探求に没頭しているそうです。

エフェクトプラグインでは、Soundtoysシリーズを特に重宝しているとのこと。「もし1つだけ選ぶならSoundtoysを選ぶ」と語っていて、特にEchoBoyFilterFreakを多用しているようです。また、Soundtoys Little Radiatorは「ここ数年で一番のお気に入りデジタル歪み」と絶賛しており、「毎回これで音に汚しを加える」と述べています。

その他にも、Little Plateなどをお気に入りのプラグインとしてあげており、とにかくSoundtoysバンドルが大好きな様子が伺えますね。

参考: 「Soundtoys」の全プラグインを解説!! セール情報やおすすめのビンテージエフェクトもご紹介 – スタジオ翁

他にも、ギターエフェクトペダルや高品質なコンデンサーマイクなど、状況に応じて様々な周辺機材を使用しています。ただし機材の量より「居心地の良い環境」を重視しているFKJ。最新の機材を揃えることよりも、限られた機材で最大限の創造性を発揮することに価値を置いているようです。

制作ワークフローと手法:編曲・録音・ミックス・マスタリング

FKJの制作プロセスは大きく分けて二段階です。まず最初の着想はいつどこででも生まれるため、スマートフォンのボイスメモなどに即座に録音してアイデアをキャプチャします。ふと思いついたメロディやリズムを逃さず記録することで、素材を蓄積していくんですね。

彼のノートPCには未完成のデモやフレーズが膨大に保存されているそうです。「思いついたけど仕上げていないアイデアが山ほどある」と本人も認めています。

次のステップでは、自宅スタジオでアイデアを本格的に形にする作業に移ります。FKJは「スタジオで曲のアイデアが生まれることはない。アイデアはスタジオ外で生まれ、スタジオではそれを磨き上げるだけだ」と述べています。録りためた断片を元に、各パートを一から丁寧に演奏し直して録音していくんです。

特徴的なのは、MIDI打ち込みや既成のループ素材にほとんど頼らず、生演奏を録音してトラックを構築する点です。2022年のアルバム制作では、「このアルバムではMIDIを一切使っていないと思う。パソコン上でクリックして作る作業はインスピレーションが湧かない」と語っています。

ドラムパターンをとっても、ソフト音源を打ち込むのではなく、モジュラーシンセで生成したリズムループを録音したり、自ら叩いた生ドラムを重ね録りして独特のグルーヴを作り出します。シンセの音作りもプリセットに頼らず、モジュラーシンセの様々なモジュールをリアルタイムに操作しながら音色変化を加え、その出力を録音するというアナログ的手法をとっています。

サウンドデザインの知識や楽器演奏のスキルなども必要になってくるので少々敷居が高いですが、こういった工夫で機械的でない有機的なサウンドが生まれるんですね。

録音が完了した後は、ミキシングとマスタリングに移ります。FKJは基本的に自分自身でミックス〜マスタリングまで行うことが多く、細部までこだわり抜きます。例えばベースラインに歪みを加える際には、アウトボード機器のプリアンプを意図的に飽和させて「アナログ機材を歪ませたような質感」を追求します。アウトボードを使うのは楽しいと認めつつも、Little Radiatorプラグインを使えば、かなり実機に近づけられるとも言っています。

最近ではDolby Atmosによる立体音響ミックスにも挑戦していて、2022年のアルバム「VINCENT」では全曲をAtmosミックスしたそうです。「制限の中で工夫すること」を信条としつつも、新しい技術も柔軟に取り入れているんですね。

創作習慣とインスピレーションの源

FKJの創作に対する基本姿勢は「自由で遊び心を持つこと」です。彼によれば、音楽を始めた当初は将来の成功を見据えていたわけではなく、「ただの遊び」の延長だったそうです。家に帰れば何時間でもピアノやギターを「遊ぶように」弾き続け、コード進行や作曲に夢中になっていたとか。

彼は「子供の頃のような無心の没頭こそが創造性を育む最良の方法」だと考えているようです。2020年のロックダウン中にパリから東南アジアの島へ移住したことで、「10代の頃に戻ったように楽器と向き合えた」と振り返っています。

コロナ禍、自宅で行われたライブ映像

また、機材に対する考え方も興味深いです。「下手に機材を増やしすぎるのは危険だ。制限がある方が創造的になれる」と語るFKJ。無数の選択肢よりも限られた道具を深く掘り下げて活用するスタイルを好むようです。機材やプラグインの洪水に溺れそうになっている方には響く言葉かもしれませんね。僕も、機材やプラグインを増やしすぎる傾向があるので、なるべくスタジオにはシンプルな機材のみを置き、プラグインも定期的に整理するようにしています。

さらに彼は「ヴィンテージのキーボードやシンセには魂が宿っている」と語り、古い機材の不完全さにこそ魅力を感じています。ヴィンテージ機材は、単純に劣化によって音が悪くなってしまっているものも多いのですが、ヴィンテージ機材にしか出せない魅力があるのは事実だと思います。

まとめ

FKJの音楽制作アプローチから学べることはたくさんあります。「制約の中にこそ創造性が宿る」という信念や、「ヴィンテージ機材の不完全さを楽しむ」姿勢は、プラグイン過多やAI時代の今だからこそ参考にしたい言葉ですね。

また、「パソコン上でクリックして作る作業はインスピレーションが湧かない」と言っていたように、プラグインの使用は最小限に抑え、演奏を中心に作曲していったり、わざわざモジュラーシンセの様々なモジュールをリアルタイムに操作しながらフィルターやディレイで音色変化を加え、その出力を録音するというアナログ的手法をとっているのも印象的でした。

パソコン上で全てを完結させるのは便利なのですが、楽しさや遊びの要素が欠けているのは事実であり、こういった遊びの要素こそが、これからのAI時代に必要なことなんじゃないかなと思います。

結局のところ、FKJの音楽づくりは「楽しむこと」が原点にあるんですよね。僕たちも機材や技術にとらわれすぎず、純粋に音楽と向き合い、自分の魂を注入していきたいものです。皆さんもぜひ、FKJの考えを参考に、自分なりの「遊び心」を忘れずに創作活動を楽しんでみてください。

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この記事の著者

Isseyのアバター Issey 作曲家、音響エンジニア

23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?