今回ご紹介する「Kii Three」は、最新のDSP技術を取り入れた次世代のモニタースピーカーです。
DSPによって音の指向性をコントロールしたり、6.5インチウーファーとしてはありえない、スタジオのラージモニターにも匹敵するほどの低域が再生できたりと数々の技術が詰まった最先端のスピーカーなのですが、まだ日本で使っている人はあまり多くありません。
製品に関する記事もほぼ見当たりませんが、最近ミキシングやマスタリングの仕事でよく使っているので、使用感なども含めてここで一度、情報をまとめておこうと思います。
Kii Threeは「ダンスミュージックを作っている人」「超低域の細かい部分まで正確にミキシング・マスタリングをしたい人」に特におすすめです。
Kii Threeとは?
Kii Threeは「Kii Audio」というドイツのメーカーが、2015年ごろから販売しているモニタースピーカーです。
音楽制作だけでなく、マスタリングにも対応するほど精度の高いスピーカーなので、海外ではアーティストからエンジニアまで幅広く使われているようですね。
これからKii Three独自の素晴らしい機能の数々を紹介していきますが、なぜこれほどクオリティが高いのに日本で売れていないのかというと、単純に値段がペアで200万円もするということがネックになっているのでしょう。
ただ、Kii Threeと同じような機能を持つスピーカーは世界を見渡してもおそらくないので、この音と機能に惚れ込んだなら買う価値は十分にあります。
僕も最初は「高すぎて手が出ないな」と思っていましたが、使い込んでいくうちに「これでしか聴けない音がある」とも感じていて、そのうち買ってしまうんじゃないかと心配しています・・・
Kii Threeが優れている3つの点
Kii Threeには、他のモニタースピーカーにはない独自の機能がいくつもあります。
1. ウーファーなしでも超低域まで再生可能
Kii Threeには「BXT」という専用のウーファーがあるのですが、ウーファーなしでも30Hzあたりまでは余裕で聞こえます。
BXTウーファーを足せば、より自然に無理なく低域まで再生できるというイメージですね。
Kii Threeはとにかく低域の再生力に優れているので、わざわざスタジオまで行ってラージモニターで確認せずとも、自宅や小規模スタジオで超低域まで細かく調整できるというのが最大のメリットだと思います。
自宅でこの超低域を細かく調整したいなら「サブウーファーを導入するかKii Threeを導入するか」という話になってくるぐらい画期的なスピーカーです。
そしてこの超低域までの再生を可能にするのが、次に紹介するDSPの技術です。
2. DSPで指向性をコントロールできる
この指向性(音の鳴る方向)をコントロールできる技術は画期的で、モニタースピーカーでこの機能が搭載されているものはおそらく他にありません。
カーオーディオやフェスの音響の世界だと、音の指向性をコントロールする技術はすでにありますね。
Kii Threeのユニットは全部で6つあって、「正面のツイーターとウーファー」「サイドに2つのウーファー」「背面に2つのウーファー」というかなり特殊な構造をしています。
サイドと背面のウーファーは低域の「指向性」をコントロールするためのものですが、指向性をコントロールするメリットとしては、次のようなものがあります。
- ルームアコースティックの調整が容易になる
- 音を効率よくリスナーに届ける
まず1の「ルームアコースティックの調整が容易になる」ですが、普通のスピーカーなら低音が360°に広がってしまうところ、Kii Threeは「Active Wave Focusing」という技術によって音の指向性をコントロールしているので、側面や背面からの余計な低音がほぼ出ません。
(僕も実際に聴いてみましたが、びっくりするくらい側面や背面からの音が出ていませんでした!)
低音というのは性質上、音が360°全方向に広がってしまう特性があるのですが、これの何が良くないのかというと・・・
スピーカーの後ろの壁に音がぶつかって、リスニングポジションにおいてある特定の帯域が消えてしまったり(1/4 wavelength cancellation)、部屋の中で乱反射してリスナーの耳に届くまでに音が濁ってしまったりするのです。
なので、商業スタジオではこのような「部屋鳴り」を調整するために、吸音材や拡散パネルに数万円〜数十万円の投資を行なっているのですが、Kii Threeを使えば、この調整がほとんど不要になります。
それでも部屋の中では、反射によって音が濁ってしまうので多少の吸音などは必要ですが、音の中でも一番コントロールの難しい「低域」が、最初からある程度コントロールされているというのは、部屋鳴りを調整する上でかなりのアドバンテージになることは間違いないでしょう。
2の「音を効率よくリスナーに届ける」というのは、ここまでに紹介してきたDSP技術による指向性のコントロールによって、効率よく低音をリスナーの耳に届ける仕組みのこと。
これによって超低域までボワつかずにリスニングすることが可能になり、さらにはタイムアライメント処理によって位相を完璧に調整することにより、「ボワン〜」という鈍い低音ではなく、クラブでの「ドン!」という太くてタイトなキックを自宅で味わうことができるのです。
3. 付属コントローラーでデジタル制御
Kii Threeには「Kii Contorol」というコントローラーが付属しています。
これは独自規格のイーサネットケーブルによってスピーカーと繋がっており、「スピーカーの音量」「イコライザー」「遅延の調整」「入力の切り替え」などを行うことができます。
Kii ThreeはXLRによるアナログ入力だけでなく、「SPDIF」「TOSLINK」「USB」などのデジタル入力にも対応しているので、コントローラーによってこれらの入力を瞬時に切り替えることも可能です。
USBケーブルを使ってパソコンに直接繋げられるので、音を出すのにわざわざオーディオインターフェースを購入する必要もありません。
使ってみてわかったKii Threeデメリット
実際に使ってみるまで気づかなかったのですが、高機能なKii Threeにもいくつかのデメリットが存在しています。
1. DSP補正による音の遅延がある
Kii ThreeはDSPによって、「スピーカー背面の音のキャンセレーション」や「タイムアライメント補正」を行なっています。
この処理のため、Kii Threeでは「90ミリ秒」ほどの遅延が生じています。
これはパソコンなどで再生して、実際にスピーカーから音が出るまでに90ミリ秒ほど時間がかかるということです。
遅延によるデメリットとしては、以下のようなものがあります。
- MIDIキーボードやPUSHなどのMIDIコンを使って打ち込む際、音が遅れて出てくる
- 動画制作の場合、2フレームほど動画と音がズレる
音楽鑑賞だけなら特に問題ないのですが、上記のようなデメリットがあるので、リアルタイムで打ち込みを行ったり動画制作をする場合には注意が必要ですね。
ただ、Kii Threeには「低遅延モード(Mininal Phase Mode)」という遅延を最小限に抑えるモードがあるので、打ち込みや動画制作の際にはこの低遅延モードをうまく使えば問題ないでしょう。
低遅延モードでは位相が少しズレてしまうので、マスタリングのように音の細部まで確認が必要な作業では、位相が完璧に制御される「リニアフェイズモード(Linear Phase Mode)」を使う必要があります。
2. 指向性のコントロールは50Hzまで
Kii Threeを使えば側面や背面から音が出なくなると紹介しましたが、50Hz以下の低域に関しては指向性のコントロールができません。
なので50Hz以下の低域を制御するためには、やはり吸音材などを使って部屋鳴りを整える必要があります。
とはいえ50Hzまで制御されていれば、部屋鳴りの調整はかなりラクになりますね。
3. Sonarworks(SoundID)での補正が難しい
これは、最近解決しました。
Kii Controlで「リニアフェイズモード」がオンになっているのが原因だったようです。これをオフにして「ミニマルフェイズモード」にすると、Sonarworksでもうまく測定ができるようになります。
僕がミキシングやマスタリングで使用する際は、Sonarworksという補正ソフトで調整をしています。
参考: Sonarworks Reference 4でスピーカーの潜在能力を100%引き出す方法 | スタジオ翁
やはりどんなにDSPで補正をしていても、完璧に部屋鳴りを補正することはできないので、細かい音の調整にはSonarworksのような補正ソフトがマストかなと感じています。
ただ、「Active Wave Focusing」によって音が補正されている影響なのか、Sonarworksで補正しようとすると、なぜか10kHz以上がばっさりカットされたような測定結果が出てしまいます。
実際には10kHz以上出ているので不思議に思い、本社に問い合わせてみたところ、Sonarworksではうまく測定できない可能性があるとのこと。
部屋鳴りを完璧に整えるなら、Trinnovなどのプロフェッショナルな測定ソフトを使うか、Room EQ Wizardなどを使って部屋鳴りを調べてから、Kii ThreeのEQで整えるという方法をおすすめされましたね。
EQを使って自分で調整するというのは熟練の耳が必要になってくるので、やはり部屋鳴りを完璧に整えたいならTrinnovを選ぶべきなのでしょう。
参考: Trinnov – 公式ページ
とはいえ、補正をまったくしない状態でも、かなりフラットに近い良いバランスで音を聴くことはできますけどね。
Kii Threeを使っているアーティスト
Kii Threeは世界中のアーティストに使われていますが、中でも「Jabob Collier」は積極的にKii Threeを使っていることを公言しています。
Jacob Collierの音楽は僕も好きで聴いていますが、スピーカーをKii Threeに変えたからなのか、近年の彼の作品では低域がかなり丁寧に処理されているなと感じます。
以前も紹介したかもしれませんが、中でも最近のアルバムのこの曲は素晴らしいですね。
他にも「Stimming」「Monolink」「Shadow Child」といったアーティストや、プラグインメーカーの「SONNOX」などが使用を公言しています。
まとめ
Kii Threeはモニタースピーカーの中ではかなり高額ですが、スタジオのラージモニターでしか聞けないような音を自宅で聴けると思えば、そこまで高くないのかもしれませんね。
ヒップホップやダンスミュージックなどの音楽を扱っているアーティストや、低域の鳴りにこだわりを持ってミキシングやマスタリングをしたいエンジニアの方にはかなりおすすめです。
興味のある人は試聴に行ってみてほしいのですが、低域の心地よさと迫力には本当に驚かされますよ!
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。