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最高峰のEQプラグイン「MAAT thEQorange」を1年使ってみて

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Issey
作曲家、音響エンジニア
23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?

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数年前に、990ドルという破格の値段で販売され、誰もが仰天した「thEQorange」というEQを使って1年ほどが経ちました。

現在は589ドルで永続ライセンスが販売されているので少々手が届きやすくなったとはいえ、日本円にして8万円ほどするので、超高級プラグインであることに変わりないですね。

thEQorange – MAAT

去年から今年にかけていくつかマスタリングの仕事をしましたが、全てのプロジェクトにthEQorangeを使い、その実用性を探っていました。

とにかく値段が高いですが、Pro-Qなどの定番EQと比べても、違いが分かりやすく出るプラグインです。

MAATはサブスクも始まって気軽に使えるようになったので、気になっていた人もいると思いますが、

今日は、

  • このとんでもない値段のEQは何が優れているのか?
  • 実際に使ってみてどうだったのか?
  • どんな人が購入するべきなのか?

といった部分について書いていこうと思います。

thEQorangeの概要

まずは、thEQorangeの概要から。

このプラグインには、実は元ネタがあります。

それが十数年前にリリースされたWindowsベースのEQプラグイン、Algorithmix「LinearPhase PEQ Orange」です。

LinearPhase PEQ Orange – Algorithmix

これはマスタリングエンジニアに使われるような高精度のEQですが、32bit環境でのみ動作し、さらにMacでは使えないという制約があったため、誰かがこのプラグインを再開発する必要がありました。

そこで現代の環境で使えるように再開発されたのが、MAAT社のthEQシリーズだったというわけです。

ちなみにこのEQはシリーズになっていて、「thEQorange」の他に「thEQred」「thEQblue」などがあり、シチュエーションや作業環境によって使い分けられるようになっています。

MAAT Digital

普通のEQと何が違うのか?

一番気になるのはここですよね。

「EQにそんなお金をかける意味があるのか?」

「普通のEQと比べてどこが違い、どこがそんなに優れているの?」

そんな疑問が山ほど湧いてくると思います。

僕もこの複雑なアルゴリズムのEQをすべて理解できるわけではありませんが、MAATが公表しているのは以下のような特徴です。

  • より自然で、有機的で、開放的なサウンド
  • 80ビット内部演算(ロング・ダブル・フロート)により、丸め誤差をほぼ排除
  • 独自のアルゴリズムにより、極めて低いノイズと驚くほど小さな非線形歪みを実現
  • 独自のEQデザインにより、ミックスに不要な色付けをせず(-100 dBFS以下の処理アーティファクト)、クリアで透明感のある、鮮明なサウンドを実現
  • ベースバンド(44.1 & 48 kHz)サンプルレートでの作業時にエイリアシングを低減するための特別なオーバーサンプリング。
  • フィルターの設定に関わらず、すべての周波数で均等なディレイを実現し、オリジナル信号の倍音の時間的関係を完全に保持

公式ページには他にもたくさんの特徴が載っていますが、パッと見ても専門家でない限り、何のことなのかよくわかりませんよね・・・

Friedemann explains the differences between MAAT’s mastering EQs – thEQblue, thEQorange & thEQred – YouTube

無理やりまとめてしまうと、独自のアルゴリズムによりノイズを最小限に減らし、まるでEQをかけていないような自然で有機的なサウンドが得られるということです。

さらには、thEQorangeはリニアフェイズEQなのですが、リニアフェイズEQに起こってしまう「プリリンギング」という現象も最小限に抑えられています。

参考: EQ(イコライザー)を理解する – スタジオ翁

リニアフェイズEQは、位相変化が無いのでマスタリングなどの緻密な作業に使われますが、位相変化が起こらない代わりに「プリリンギング」という現象が起きてしまい、これが曲のアタック感やパンチ感を損ねてしまいます。

ところがthEQorangeは、リニアフェイズEQにも関わらずプリリンギングを最小限に抑えてくれるので、EQをかけても音はタイトなまま処理することができます。

通常、低域にかけるハイパスフィルターは、このプリリンギングによって起こる「音のなまり」を考慮し、ミニマムフェイズEQ(位相変化のあるEQ)を使うというエンジニアもいますが、thEQorangeなら音のなまりを心配をすることなく、スムーズなイコライジングができるというわけです。

実際に使ってみて感じたこと

実際に使ってみるとわかりますが、thEQorangeを使うと、Pro-Qでは失われてしまうアタック感やパンチ感が失われず、自然なイコライジングができることがわかります。

「thEQorange」「Pro-Q」の2つで同じイコライジングをしてみても、theEQorangeの方がパンチがあり、自然なサウンドになりました。

限りなくクリーンな音を追求しているthEQorangeですが、いわゆる外科手術的な、問題のある周波数を綺麗に除去するEQとして使えるだけでなく、MacelecやManleyといったマスタリングに使用されるアナログEQの共振周波数を再現するモードを使えば、音楽的なEQとしても使うことができます。

このプラグインに使われている技術を理解するにはそれなりの知識が必要なため、僕も全てを理解できているわけではありませんが、使ってみることで「なぜこんな値段で売られているのか」「なぜプロのマスタリングエンジニアが使っているのか」がわかると思います。

どこで誰が使うのか?

thEQorangeは、マスタリングに使用されるべきEQです。                                                                         

なぜならレイテンシーが大きすぎるため、個別のトラックに入れることができないからです。

生楽器の質感を損なわないようにするために、全ての楽器のレコーディングにthEQorangeを使いたいところですが、最新のM1 MacBook Proでもバッファを2048 Samplesにして、ようやく動くようなレベルです。

なので、個別のトラックに挿せるようなEQをMAATで探しているなら、ミニマムフェイズEQの「SantaCruzEQ」を選ぶと良いでしょう。

また、「thEQblue」というEQもあり、thEQorangeの兄弟分のような存在ですが、12種類のアナログギアのEQ特性を再現していたり、「Fidef」という音響心理学に基づく効果が追加されていたりと、いくつかのthEQorangeにはない機能を持っています。

EN Friedemann gives you a tour through MAAT´s thEQblue & SantaCruzEQ – YouTube

まとめ

かなり品質の高いEQですが、EQそのものが正しく扱えないうちは、thEQorangeを購入する必要はありません。

EQの使い方や効果がしっかり理解できており、そこから、さらにハイレベルなミキシングやマスタリングを目指したい人が手にするべきEQだと思います。

特に、低域から中域にかけてのミックスの問題を解消したい人、限りなくクリーンなEQで音の仕上げをしたい人に向いています。

気になった人は、ぜひこちらから試してみてください。

thEQorange – MAAT

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この記事の著者

Isseyのアバター Issey 作曲家、音響エンジニア

23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?