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Universal Audio「ATR-102」はテーププラグインの不動の名作

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ついにネイティブ版が登場しました。

Ampex ATR-102 Mastering Tape Recorder

以前、UADプラグインを使っていた際、マスターに必ずと言っていいほど使っていたのが、このAmpex ATR-102です。ATR-102をマスターに挿すだけで、楽器にまとまりが出て一体感が生まれ、音楽的な美しい響きに仕上がります。

テーププラグインと聞いても「それって何に使うもの?」と思われる方もいるかもしれませんが、テーププラグインを使うことで、以下のような効果が得られます。

  1. テープサチュレーションによる倍音付加により、サウンドが豊かになる
  2. アナログテープ特有の自然なコンプレッション効果により、ミックス全体が一体感を持つ
  3. ワウフラッターやテープノイズでレトロなアナログサウンドを演出
  4. デジタル音源特有の高域が和らぎ、耳障りの良い音になる
  5. アナログテープの特性によって音に深みと温かみが加わり、より人間味のあるサウンドが得られる

このように現代ミキシングの大きな課題である、デジタル特有の味気なさや、まとまりのなさを和らげてくれるのがテーププラグインの大きな特徴です。

UAD時代から愛用していたATR-102ですが、ある時から専用DSPを使うのが面倒になり、しばらくATR-102は使わず、他のプラグインでなんとかやりくりしていました。今回、ネイティブ版が登場してくれたことで、また使う機会が増えてきそうです。

【2024年】いま本当にUADプラグインを買う価値はあるのか?

テーププラグインはいくつも持っていますが、それらの多くは音に厚みや存在感を出すための積極的なサウンドデザインに使うものです。しかし、このATR-102は主にマスターバスに使うためのプラグインで、もともとは音楽をテープレコーダーに録音していた時代、マスタリングテープマシンとして活躍していた機材がプラグイン化されたものです。

https://www.uaudio.jp/uad-plugins/instruments-extensions/ampex-atr-102.html

ATR-102の実機は巨大で場所を取りますが、プラグインとして扱えるようになったことで、 誰でも簡単に使えるようになりました。ただし、実機のATR-102と全く同じサウンドかと言われればそういうわけではなく、以前どこかで実機との比較動画を観たことがあるのですが、実機の音の方が優れているように感じました。(実機の持ち主も、同じようなことを言っていました)

とはいえ、プラグイン版もテープの温かみやコンプレッション具合、まとまりや奥行きなどがうまく再現されていると思います。実機の代わりというより、テープの雰囲気を出すためのプラグインとして割り切って考える方が良いかもしれません。

ちなみにATR-102のライバルとしては、WavesのKramer Master TapeSlate Digital VTMなどが挙げられます。これらもAmpexをモデリングしていますが、それぞれ異なるモデルをモデリングしているので、好みによって選んだり使い分けたりするのが良いと思います。

さて、プラグインの使い方ですが、テープ系のプラグインにはテープの大きさや速度などを調整するパラメーターが付いていますが、実際のテープマシンなんて触ったことがない方がほとんどでしょうから、初めはどのように操作すれば良いかわからないと思います。そんな方には、ATR-102のプラグインを使う際はあらかじめ用意されたプリセットを使うことをおすすめします。長年のATR-102の愛用者であるChuck Ainlay(Chris Botti、Mark Knopfler)やRichard Dodd(Wilco、Robert Plant)といったグラミー受賞者によるプリセットが用意されているので、これをマスターに挿して、しっくり来るプリセットをまずはそのまま使ってみてください。

これだけでも、ミックス全体にまとまりが出てサウンド全体がリッチになるのがすぐにわかるでしょう。

ちなみにこちらの記事では、グラミー賞を受賞したRichard Doddのプリセットがどのような考えをもとに作られているのか、なぜ各パラメーターがその値になっているのか、などが詳しく解説されています。

ワークホース・テープ・マシンのプラグイン・プリセットが誕生するまで

どんなプリセットが入っているか気になる方はもちろん、パラメーターをどのように意識して動かすことで自分の理想のサウンドになるのかを学ぶこともできます。

プリセットの中にはイコライジングなどにより原音を大きく変えてしまうものもあるので、マスターに使う際はその点を気をつけておいた方が良いでしょう。僕は比較的、原音への色付けが少ない「Classic Nice 456 Master」というプリセットを使うことが多いです。

先ほど、ATR-102はマスターに挿すタイプのテーププラグインだとお伝えしましたが、プリセットにはベース、ボーカル、ドラムなどに使うためのプリセットも多数用意されており、各楽器にATR-102を使うことで、ミックス段階からテープサチュレーションやテープコンプなどの色付けを与えることができます。

ATR-102の使用に慣れてきて、もっと細かくパラメーターを追求したいということなら、以下のマニュアルや記事を読むことをオススメします。

LUNA マニュアル | Ampex® ATR-102 Master Tape
ヒント&トリック – Ampex ATR-102 マスタリング・テープ・レコーダー

また、歴史のあるプラグインなので、YouTubeにもチュートリアル動画がたくさん上がっています。覚えるのには、それほど苦労しないでしょう。

この記事の最初に、テーププラグインの様々なメリットをお伝えしましたが、個人的にはテープサチュレーションやテープコンプはもちろんのこと、ワウフラッターがとても好きでよく使っています。

確か、以前のニュースレターでもご紹介したと思いますが、「人間は完璧なリズムやメロディーではなく、リズムの揺らぎや微妙なズレを好む傾向がある」と、どこかの研究者が言っていました。ドラムマシンなどの電子楽器が出始めた頃は、寸分たりとも狂わない正確なビートが新鮮で心地良いという感覚だったんだと思いますが、確かに、聴いていて落ち着くサウンドというのは、微妙に不規則で揺らぎのあるサウンドだと思います。

バンドなら人間が楽器を持って演奏するので、リズムの揺らぎやグルーヴは必ず生まれるのですが、これをなんとか電子音楽で再現して心地よいビートにできないかと実験していた時期があります。この時はBPMをLFOで微妙に揺らしたりしていましたが、ワウフラッターによって、全体の音程をリスナーにはわからない程度に揺らして揺らぎを与えたりもしていました。

アナログ機材を使わずともアナログのような心地よさを出すには、こういった方法の積み重ねが有効なのではないかと考えていて、それにはATR -102のようなプラグインがとても効果的だと思っています。

ATR-102がネイティブ対応のプラグインに進化したことでUIも変わり、見やすく、そしてデザインも若干可愛らしくなりました。昔はATR-102とStuder A800の2つのテーププラグインはとても高かったイメージがありますが、最近はUniversal Audioも頻繁にセールをしているので、多少円安の影響を受けたとしてもお買い得なプラグインだと思います。

Ampex ATR-102 Mastering Tape Recorder

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この記事の著者

Isseyのアバター Issey 作曲家、音響エンジニア

23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?