今回は、楽曲のラウドネスを極限まで高めるための「Clip to Zero」というテクニックをご紹介します。
これは、クリッパーというツールを使って楽曲のバランスを整え、迫力のあるサウンドに簡単に仕上げることができる、とても実用的なテクニックです。
もし普段のミキシングで、音圧が上手く上がらない、市販の曲のような迫力のあるミックスにならない、楽器ごとのバランスが上手く取れない、と感じている方は、ぜひこの「Clip to Zero」を試してみてください。
先にお伝えしておくと、この方法には1つだけ注意点があります。
「Clip to Zero」を使うと、かなり音圧が上がり迫力のある音になるため、Hip Hop、EDM、Hard Techno、Dubstep、ロック、モダンポップといった高い音圧が求められるジャンルに適していますが、一方で、自然なダイナミクスやアコースティック楽器を多用するジャズ、ブルース、アコースティック系のポップスなどのジャンルには適さない場合があります。
ただし、必要に応じて調整すれば、これらの自然なダイナミクスが求められる楽曲にも「Clip to Zero」を適用することが可能です。この点については、後ほど解説します。
クリッパーとは?
まず、このテクニックで使用するクリッパーというツールについて説明します。まだご存じでない方は、以前書いたこちらのブログも参考にしてみてください。
音圧アップの秘密兵器「Clipper」のすすめ – スタジオ翁
クリッパーは音圧を上げるために使われるツールで、リミッターと似ていますが動作が大きく異なります。リミッターが特定のしきい値まで波形全体を押し下げるのに対し、クリッパーはしきい値を超えた波形をバッサリとカットしてしまうツールです。
クリッパーをあまりにかけすぎると完全に音が割れてしまい耳障りな音になりますが、適度にクリッパーをかけることで聴覚上ほとんどわからないレベルでダイナミクスを制御できます。これにより、ヘッドルームを確保しつつ、楽曲のグルーヴ感を維持したまま、最終的にラウドな楽曲を実現することができるのです。
このテクニックに使用するクリッパーはK-Clipがおすすめです。
K-CLIPには有料版もありますが、K-CLIP Zeroという簡易的な無料版もあり、今回のテクニックでは無料版で十分です。まだ持っていない方は、とても便利なツールなのでダウンロードしておいてください。
Clip to Zero の具体的な手順
ここから具体的な手順をご紹介します。まず全体像を押さえておきましょう。
この手法では、クリッパーを各トラックに挿し、聴覚上ほとんど変化がない、クリップしてしまうギリギリのところまでクリッパーを使って音圧を上げます。
それを全てのトラックに適用しながらバランスを整えていき、さらにはドラムバスなどのバスグループにも同じ手法を適用。最後にマスタリング段階でもマスターバスに同じ手法を適用し、ミキシングの各ステージで最大限にラウドネスが稼げるようにする手法です。
ドラムから始める
まずは楽曲の中でもラウドネスが高く、クリッパーのテクニックが一番適用しやすいドラムセクションから始めます。
例えばキックにK-CLIPを入れて、楽器がクリップしないギリギリのところ、聴覚上変化がないギリギリのところまでインプットレベルを上げていきます。この時、リンクボタンを押しておけば、自動的に上がった分のゲインを補正して下げてくれるので、リンクボタンをオンにして音量を上げていきましょう。

次にリンクボタンを外し、アウトプットのゲインを0dBに戻します。
こうすることで、メーター上はほとんど0dBギリギリのところで再生されるはずです。

この0dBというデジタル上クリップしない最大の音量まで、ミックスの序盤から持っていくことで、マスタリング時に音圧を上げる際、一気に音質や楽曲の雰囲気が変わってしまうということも防ぐことができます。
他の楽器への適用
この方法で、キック、スネア、ハイハットなどの楽器を調整していきます。すべての楽器を0dBまで持っていくと、マスターでクリップしてしまうので、K-CLIP上で0dBにした後は、DAW上のフェーダーでバランスを取っていってください。マスターは0dBギリギリになるよう常にキープします。
これを繰り返し、すべてのトラックにクリッパーを適用したら、次はドラムバス、必要に応じて他のバスにも同じようにクリッパーを挿入します。こうすることで単に音圧を上げるだけではなく、クリッパーを使ってサミング的なバス処理により楽器全体の調和を図り、楽器同士をグルーして繋ぎ合わせ、まとまりのあるサウンドにも仕上げるといった効果もあります。
マスターでの最終処理
各バストラックに必要に応じてクリッパーを入れた後は、最後はマスタリングチェーン、マスターバスにもクリッパーを入れて同じ処理を行います。
以上が、Clip to Zeroの基本的な方法です。
文字の解説でわかりにくい方は、こちらの動画も参考にしてみてください。
サウンドが過激になりすぎる場合の対処法
ここまでの方法で全てのトラックにクリッパーを入れて調整すると、ジャンルによってはすごく迫力のあるサウンドになりますが、
「自分が作っている音楽ジャンルはこれほど過激な音になってほしくない」
「この楽器はもっと抑揚、ダイナミクスがあった方がいい」
という場合が出てくるでしょう。
そういった時は、クリップの度合いを緩めることもできますが、ソフトクリップに切り替えて、クリップの度合いを緩やかにすることで、クリッパーによる過激さを和らげる方法もあります。
K-CLIPにもSOFTENというクリップの度合いをソフトにするためのパラメーターがあるので、ダイナミクスを保持したい楽器に適用する際は、このSOFTENのパラメーターを上げてみましょう。
ジャンルに応じた使い分け
また、必ずしも全ての楽器にこの方法を適用させる必要はありません。
例えば、アフロハウスなどの音楽はダブステップやテックハウスなどよりもダイナミクスが豊かで、生楽器が多く使われる場合が多いので、こういった場合はドラムにだけClip to Zeroのテクニックを使い、その他の楽器にはクリッパーを入れないか、もしくはソフトクリップで楽器の自然な抑揚が保たれるよう、軽めにクリッパーを適用するという方法も考えられます。
自分の作っているジャンルに応じて、このようにクリッパーの適用方法を変えてみてください。同じハウスでもアフロハウスなどはダイナミクスが重要なジャンルなので、その場合はドラムだけ、あるいは特定のシンセだけなど、「この楽器は音圧を高めたい」というものだけを厳選してClip to Zeroの手法を使うことで、適度なダイナミクスを保ちつつ音圧を上げることができます。
メリットとデメリット
Clip to Zero のメリット
このClip to Zeroのテクニックは、マスターでいきなり音を圧縮する従来のアプローチとは違い、各ミキシングの段階でミキシングの最初からダイナミクスを段階的に制御するため、マスタリング段階で大きく音が変わってしまうことがなく、楽曲の最終段階をミキシングの初めからイメージしやすいという点があります。
また、従来のマスタリングのようにリミッターに頼りすぎて上手く音圧が上がらないといった問題も防ぐことができます。このように制作プロセス全体の予測可能性と制御性を劇的に向上できるというメリットがあります。
さらに、クリッパーは波形のピークを直接切り落とすことで、キックやスネアといったトランジェントの強い楽器のパンチ感を損なうことなく、ゲインを稼ぎ、ラウドネスを高めることができます。コンプレッサーもクリッパーと似た働きをしますが、コンプレッサーの方が波形のピークを直接ばっさり切り落とすということをしない分、より自然にダイナミクス、抑揚を圧縮することができます。しかし、クリッパーを使った方が聴覚上よりパンチのある音になります。これは必要に応じてコンプレッサーと使い分けてみてください。
また、トランジェントの制御やパンチの維持だけではなく、ミキシング全体をグルー、つまり接着するといった効果もあるので、全体のまとまりも良くなります。
デメリットと注意点
一方のデメリットも見ていきましょう。
各トラックの各段階であまり音質変化がないからといって、ゲインを上げすぎると最終的にはクリッパーの過度な使用による音質の劣化が目立ってしまったり、気づいたら最終的にはダイナミクスが少なく、迫力のない音になってしまったということも考えられます。
なので、Clip to Zeroを全体に施した後、迫力がないと感じる場合は、全てのチャンネルのクリッパーを緩めてみたり、クリッパーを全てのトラックに適用するのではなく、抑揚を持たせたい、ダイナミクスも抑えたいというトラックにはコンプレッサーを使うというように、クリッパー以外のプラグインやテクニックも組み合わせることで、より自然で迫力のある、パンチのあるサウンドを楽曲に仕上げることができます。
クリッパーはヒップホップやダブステップなど高音圧系のジャンルには最適ですが、自然な音が求められる曲では過度に掛けすぎてしまい、迫力がなくなってしまうこともあるので、各トラックにクリッパーを使う際は、ゲインを上げすぎないように注意しながら行ってください。
まとめ

ここまでクリッパーによるClip to Zeroのテクニックをご紹介してきましたが、従来のダイナミクスを制御するためのツールであるコンプレッサーやリミッターも必要に応じて使いわけることが大切です。
ダイナミクスの高い楽器の抑揚をそのまま保持したい場合は、コンプレッサーが有効な場合もあります。
とはいえ、まずはすべてのトラックにクリッパーを適用し、このClip to Zeroの威力を味わってみることをおすすめします。その上で必要に応じてコンプレッサーを使ったり、ソフトクリップを使って調整していってみてください。
一度試してれば、そのメリットとデメリットが感じ取れることでしょう。