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ミキシングAIの新覇者?Techivationの台頭

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シングルノブの簡単操作で、ミキシングやマスタリングのあらゆる問題を解決するツールを開発する「Techivation」 という会社をご存知でしょうか?

最近は単なるオーディオプラグインだけでなく、AI活用により開発された製品を次々にリリースしています。

Techivation – 公式ページ

AIミキシングツールは多々ありますが、その中でもTechivationのAIプラグインは使い勝手が良く、音の仕上がりも自然で高精度です。今日はTechivationのAIプラグイン「AI-Clarity」と「AI-Loudener」に焦点を当てつつ、 今やAIミキシング・マスタリングの大定番ツールであるiZotope社製AIツールとの違いについても見てていきます。

AI-ClarityとAI-Loudenerの使い方

AI-ClarityとAI-Loudenerの使い方は、とてもシンプルです。

曲の1番ラウドな部分、メインパートの部分を3.5秒聴かせるだけで、その楽曲の特徴を解析し、AIによって適切な処理を施してくれます。

僕らが操作するのはプラグインをどれくらいの強度でかけるか、つまりDry/Wetの数値を調整するのみとなります。

それぞれが行っている処理について少し見ておきましょう。

AI-Loudenerは、ラウドネスを上げるためのツールです。

中でどのような処理をしているかは公開されていないのですが、公式ページにはこのような一文があります。

Drive “は信号のトーン、ハーモニクスの豊かさ、ステレオ幅をインテリジェントに強化し、ピークレベルを上げることなく知覚されるラウドネスを増加させることができます。

https://techivation.com/ai-loudener/

ここからマキシマイザー、コンプレッサーまたはサチュレーター、ステレオスプレッダーなどのエフェクトがかかっていると予想できます。

アーティストのための「ラウドネスノーマライゼーション」に関する知識

次に、AI-Clarityですが、これは別名「レゾナンスサプレッサー」とも呼ばれています。

レゾナンスサプレッサーとは、キンキンと耳が痛くなるような高音のピークや、中低域の濁りといった不要な音を取り除くためのツールです。

このプラグインの処理については、詳細がホームページやマニュアルに全く書かれていませんでした。

気になってTechivation社にメールで問い合わせたところ、「自分たちはAI技術よりもプロダクトに焦点を当てているので、AIに関する詳しい処理については詳細を明かしていない」との事でした。サプレッサーなのでおそらくSoothe2やのような動的なEQ処理を施しているのでしょう。

oeksound「Soothe2」のレビュー

Soothe2というレゾナンスサプレッサーは僕もよく使っていて、このプラグインは半自動的にダイナミックEQの処理をしてくれるのですが、自分の耳を頼りにパラメーターを微調整する必要があります。なので、結果はある程度、ユーザーのセンスに委ねられるのですが、このAI-Clarityに関してはDry/Wetのパラメーターしかないため、音が良くなるかどうかは完全にTechivation社の技術に委ねられます。

アーティストやエンジニアの腕は一切関係ないと聞くとちょっと不安になるかもしれませんが、先ほどもお話しした通り、Techivation社のAIプラグインはとても自然で精度の高い処理をしてくれます。

これは、Techivationの社内に優れたAIエンジニアがいるのはもちろん、経験豊かで耳の良いオーディオエンジニアがいることも理由の一つだと思います。

なぜ、TechivationのAIプラグインは音が良いのか?<予想>

優れたAIプラグインを作るのに、良いオーディオエンジニアが必要なのはなぜでしょうか?

AI-Clarityを例にとって説明してみます。

これは楽曲のレゾナンス、つまり特定のピークを取り除くためのプラグインですが、単に音のピークを取り除けば良いというわけではなく、音楽的に心地良くない楽曲のピークや音の濁りを取り除く必要があります。音楽的な要素はアナライザーだけを見て判断できるものではないため、熟練のオーディオエンジニアや作曲家が聞いて不快だと感じる周波数を判別し、取り除く必要があるのです。

AIプラグイン開発において大量のデータを学習させる際、「未加工の楽曲+エンジニアが不要だと感じる周波数を取り除いた加工済みの楽曲」の2つをAIに学習させる必要があります。この学習データの選定を間違えてしまうと、「楽曲の響きとして重要だったレゾナンスまで取り除き、楽曲がどこか物足りなくなってしまう」可能性もありますし、「アナライザーで見る限りあまりピークは立っていないけれど、耳で聞くと不快だと感じる部分がしっかり取り除けていない」なんてことにもなりかねません。

良いエンジニアがいることが、優れたAIプラグインを開発するための必須条件であり、Techivationはそこのリソースが素晴らしいのだと思います。

iZotope Ozone vs TechivationのAIシリーズ

ここで、AIプラグインの定番ソフトであるiZotope Ozoneとの違いについて見ておきましょう。

この2つのAIプラグインの大きな違いは、「どれだけ細かく処理を追い込めるか」だと思います。

Ozoneは、EQ、コンプレッサー、マキシマイザー、ダイナミクス、ステレオスプレッドなど様々なマスタリングツールがワンセットになっており、楽曲を解析し、それらのパラメーターを自動的に調整してくれます。さらにそこからユーザの好みに応じて細かく調整することもできるので、初心者から上級者まで幅広い層に使われています。

一方で、TechivationのAIプラグインは「AIによる処理をどのくらい適用させるか」というパラメーターしかないため、細かい微調整ができません。ではOzoneの方が良いかと言われれば決してそうでもなく、時に、Ozoneは大幅に音源のバランスを変えてしまうことがあり、少々やっかいな部分もあるのです。適切なリファレンストラックを読み込ませれば、ある程度こちらの期待には答えてくれますが、OzoneのAIボタンを押しただけで「はい、マスタリングは終わりです」という風になることはほとんどありません。

ところがTechivationのAI-ClarityやAI-Loudenerは、原音を大きく崩さず自然な処理をしてくれるので、微調整の必要性を感じさせない圧倒的な自然さがあります。なので、TechivationのAIプラグインをかけて「マスタリング終わり」でも問題ないのです。

ただし、「原音を大きく崩さず自然に処理をしてくれる」ということは、そもそも元の音源のバランスが崩れていると、TechivationのAIプラグインをかけたところで大きくは修正されないということでもあります。

つまり、Ozoneはプロのエンジニアはもちろん、初心者にも幅広く使われているプラグインですが、TechivationのAIに関しては、バランスの取れたミックスが作れない初心者にはあまりおすすめのプラグインではないとも言えます。

AIプラグインを選ぶ際は、こういった違いを意識し、どちらが自分に合っているのかを見極める必要があるでしょう。

TechivationのAIプラグインを1つ選ぶとしたら…

最後に、TechivationのAIプラグインを試験的に導入したい方に、どちらの製品をお勧めするかと言われれば、僕はAI-Clarityの方をおすすめします。

これは僕のミキシングのクセなのだと思いますが、中低域が出っ張りがちで、クラブなどで鳴らした時にちょっと耳に痛いサウンドになってしまうことがあります。毎回、その処理に苦戦していたのですが、AI-Clarityを使うことでそれがあっさり解決されてしまいました。マスターチェーンの常連は確定ですが、抜けの悪い楽器やボーカルにも使えるのでとても便利です。

こちらが今日の記事に出てきた2つのAIプラグインですが、どちらもデモ版があるのでそちらを試してみて、自分に合うものを選んでみると良いと思います。

これからも、Techivationの新たなAIプラグインのリリースが楽しみですね。

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作曲AIを深掘りしたあまり、本を出してしまいました。

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この記事の著者

Isseyのアバター Issey 作曲家、音響エンジニア

23歳で音楽制作を始め、「Ohme」「Issey Kakuuchi」名義で国内外のレーベルからリリースを行なっている。 クラブやライブイベントの音響エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在は映画の作曲、MA、アーティスト活動に加えて、音楽アプリ、オウンドメディア、医療クリニックへの楽曲提供など、様々な分野で活動している。

著書: AI時代の作曲術 - AIは音楽制作の現場をどう変えるか?