今日は「ハース効果」について紹介します。
ハース効果とは人間の耳の特性を利用した心理学的な効果のことで、ミキシングの場面でもこの効果を使って音像を広げたりするテクニックはよく使われていますね。
でもこのハース効果を利用したエフェクトは、使い方を間違えると音がよくなるどころか、ミックスバランスが崩れたり不愉快なサウンドになってしまうこともあるんです・・・
では、いったいどのようにハース効果は、あなたのミックスを台無しにしてしまうのでしょうか?
まずは、「ハース効果とは何か?」というところから見ていきましょう。
ハース効果とは?

ハース効果とは、2つの同一の音が連続して聞こえた場合、人間の耳はそれらを1つの音として認識してしまう現象のことです。1949年にハース博士が「2つの音が40ミリ秒以内に届けば、人間の耳はそれを1つの音として認識する」ということを発見しました。

ちょっと何言ってるかわかんない。



ではワシのギターソロで解説してさしあげよう。
※このサンプルはヘッドフォンかステレオスピーカーで聴くのがおすすめです。
まずは、モノラルで録音されたギターの音を聴いてみて下さい。
モノラルなので、LRで同じ音量, 同じタイミングで音が鳴っています。
次に、これをコピーして2つのトラックに分け、それぞれ左右にパンを振ります。(ステレオ化)
片側にだけ、10ミリ秒ほどのディレイをかけてみましょう。
音が耳元に広がるような、大きなサウンドになりましたね。
そして40ミリ秒以下の遅れなので、特に右左で別々に鳴っているようには聞こえません。
今度は思い切って、片側を100ミリ秒ほどずらしてみましょう。
明らかに、左右から別々に音が聞こえますよね?
このように40ミリ秒を超えてしまうと、人間の耳はそれぞれを別の音として認識するというわけです。
先ほどの10ミリ秒だけディレイをかけた例は、ただ音を左右に振っただけでなく、少量のディレイをかけたことによってコーラスのような独特な響きが生まれています。
この効果を狙うには、人間の耳の特性である「ハース効果」をしっかり理解しておく必要があるでしょう。
うまく使えば、このようなモノラル音源にも左右の広がりを与えることができる素晴らしいテクニックなのですが、実は注意して使わないと、ハース効果を使ったこのようなエフェクトは、あなたのミックスを台無しにしてしまう可能性があるのです・・・
次に、その理由を解説していきます。
ハース効果があなたのミックスを台無しにする理由


ハース効果が裏目に出てしまうのは、ずばり位相による影響です。
位相とは音の波のことですが、DAWでもオーディオの波形を拡大していくと、このように上下に動く波形が見えるでしょう。


これが単体で再生されているぶんには問題ないのですが、次のような全く真逆の波形が同時に再生されるとどうなるでしょうか?


波形はこのように重なり、そうなると音は完全に聞こえなくなります。


これが位相による悪影響で、それぞれが互いに音を打ち消しあうことを「キャンセリング」といいます。
ちなみにイヤホンのノイズキャンセリング機能も、同じような原理で外の音を打ち消しています。
実際にDAWの波形インバート(反転)機能を使って、自分で確かめてみることもできます。
興味があれば、こちらの動画を参考に実験してみてください。
さて、ハース効果を使ったエフェクトのように、同じ音の左右のタイミングを微妙にずらすという行為は、位相に大きな影響を与えてしまうかもしれません。
音が完全に消えて無くなるわけではありませんが、位相の影響によって音がかなり小さくなる可能性はあります。
さらにやっかいなのは、普通に制作していても位相の問題にはなかなか気づけないということ。



んじゃ、どうすればいいのさ…
曲がある程度完成してから、いろんな場所で聴いてみると「なんか音が遠いな〜」とか「音量を上げてもパンチが出てこないぞ…」と思ったら、実は位相が影響していたなんてことも・・・
でも、完成まで正しいミキシングができているかどうか分からないなんて嫌ですよね?
実は位相がミックスに影響しているかどうかは、どのDAWにも付いている「あるプラグイン」で確認することができるんです。
ハース効果を使いこなすために必要な○○とは?


位相がミックスに与える影響を確認するには、
「モノラルエフェクト」
これを使いましょう。
DAWによってプラグインの名前は違いますが、「Gain」や「Unity」など音量をコントロールするプラグインであることが多いですね。
参考: ミックスの質が上がる!DAWのマスターに必ず入れるべきたった1つのプラグイン – スタジオ翁
これには「mono」という音をモノラルに変えてくれる機能が付いているので、マスターバスに挿して定期的にモノラルでミックスを確認すれば、位相による影響がすぐに把握できるというわけです。



でも、なんでモノラルで聴くと位相の問題が確認できるの?
ステレオで音を聴いている時(特にヘッドフォン)は、LRの音がそれぞれの耳に別々に届くので、位相が重なることで起きるキャンセリングの問題にはなかなか気づけません。
ところがモノラルにすると、左右の音をミックスして重ねたものがそれぞれのスピーカー(ヘッドフォン)から出てくるので、位相の影響があれば音は物理的に消えてしまいます。
先ほどのディレイでステレオ感を出す方法を使った時に、モノラルで聴いてみて位相の影響を感じたなら次の方法を試してみましょう。
- ディレイの長さを変えてみる
- 片側にEQを挿してみる
- 片側のピッチを少しだけずらしてみる
一番シンプルなのはディレイの長さを変えることですが、EQやピッチの調整によって片側の音を変えてあげると、位相の影響が少なくなることもあります。
その音によって影響はさまざまなので、実際にモノラルで確認していろいろ試してみて下さい。
ハース効果はうまく使えば強力な武器になる


ハース効果を使ったエフェクトは、位相の影響さえクリアできればかなり使える便利なテクニックです。
次の動画では、Ableton Liveを使ってモノラル音源にハースエフェクトをかける方法が解説されているので、興味がある人は試してみて下さい。
ギターだけでなくシンプルなクラップやハイハットなども、このエフェクトをかけることでリバーブを使わなくても音の広がりを演出することができます。
モノラル音源を左右にパンで振って、片側に5〜35msくらいのディレイをかけるというシンプルな方法なので、どんなDAWを使っても同じようにハースエフェクトをかけることが可能です。
ハース効果が再現できる3つのプラグイン


ハース効果を使ったエフェクトはいくつか販売されています。
ここでは、3つのプラグインをみていきましょう。
Audec「Haas 2」


「Haas 2」はシンプルで使いやすいハースエフェクトで、なおかつ無料です。
まずは気軽にハース効果を試してみたいなら、こちらが良いでしょう。
Soundtoys「Microshift」


「MicroShift」は、左右チャンネルのディレイや音程を変えるだけでなく、ビンテージの質感も与えられるプラグイン。
ハース効果だけでなく音の質感にもこだわりたいという人に、ぜひ使ってもらいたいですね。
「Soundtoys」は個人的にイチオシのプラグインメーカーです。
参考: Soundtoys 「MicroShift」の特徴と使い方を解説 – スタジオ翁
Soundtoys「Echoboy」


「Echoboy」は数多くのビンテージエフェクトを再現したディレイ/エコープラグインですが、ディレイやモジュレーションの細かい部分まで調整が可能なので、コーラスのような空間系エフェクトをかけるのもお手の物。
ディレイとしても超優秀なので、今後も長く使える空間系エフェクトを探しているという人におすすめです。
参考: Soundtoys 「EchoBoy」の特徴と使い方を解説 – スタジオ翁
ハース効果があなたのミックスを台無しにする | まとめ


いかがでしたか?
「ハース効果」なんて難しそうな名前してますが、理解してしまえばすごくシンプルな原理であることがわかるでしょう。
このエフェクトはうまく利用すれば大きな武器になりますが、位相の問題を知らなければ、あなたのミックスを台無しにしてしまう可能性も秘めています。
ハースエフェクトだけでなく、コーラスやフェイザーなどの空間系エフェクトを使うときも、「ミックス全体をモノラルで確認する」クセをつけておけば完成前に位相に悩まされることも少なくなりますよ。
以上、ハース効果についての解説でした。