巷にはミキシングの情報が溢れていますが、長年、音楽を作っていると「これって本当?」という情報もたくさんあることに気がつきました。
今回は、僕がDTM初心者の頃に忠実に守ってきたにもかかわらず、途中で意味がないと気づき、捨ててしまった「ミキシングの常識」を全部で7つご紹介します。
この中には何年も忠実に守り続けてきたものもありますが、もっと早く気づいておけばよかったと後悔しています。「音楽制作を始めたばかりの人」「今いろんな動画を観てミキシングを勉強している人」は、これから紹介する7つの常識を疑うことでより早く上達することができるでしょう。
それでは早速見ていきます!
今すぐ捨てるべきミキシングの常識7選
1. EQは最小限に!位相への影響をなるべく抑えよう
「EQをかけると位相が崩れて音が悪くなる」とよく言われます。僕もPAエンジニアをしていた頃から何度も聞かされましたし、音楽制作を学ぶときにも、このような記事や動画をたくさん目にしました。
そこで僕は、なるべく音を“悪く”しないようにと、ものすごく細かいEQ作業を時間をかけて丁寧に行っていたんです。
でも実際のところ、EQをかけると確かに位相は変化するのですが、それで「めちゃくちゃ音が悪くなる」かというと、そんなわけでもありません。むしろ、プロであってもその位相変化を聴き比べられるかどうか怪しい・・・くらいのレベルです。
音楽を始めたばかりの頃はこのような情報を素直に受け取り、「なるべくEQは最小限に抑えよう」と時間をかけてしまいがちですが、ほとんどの場合そこまで気にする必要はありません。むしろ最初は大胆にEQを動かしてみて「音がどう変化するのか」を学ぶことが大事。
そして自分で聴いていて音が良ければ、たいていの場合はOKなのです。
2. コンプは最小限に!ダイナミクスはなるべく残すべし
「音楽はダイナミクスがあったほうがいい」と思われがちですが、これはジャンルによります。
クラシックなど生楽器中心のジャンルではダイナミクスが豊かなほうが好まれますが、EDMやトラップ、ダブステップ、ヒップホップなどでは、ダイナミックレンジを狭め、音圧を高めた“パツパツ”の音が好まれることが少なくありません。だからと言って、それらのジャンルの音が「悪い」わけではなく、むしろ“パツパツ”に高い音圧がそのジャンルの旨味になっています。
また、コンプレッサーは初心者のうちに「ガンガンかけてみる」くらいでないと、どこが適量なのか判断できるようになりません。最初から「なんとなく薄くかける」のではなく、むしろ「かけすぎて失敗した」という経験を積むことで、やっと“ちょうどいいかけ方”が分かるようになってくるもの。
音にまとまりがなく、最終的な音圧も上がらない…そんな残念な結果を避けるためにも、まずは怖がらずに思い切りコンプを使ってみましょう。
3. 全ての音にローカットをかけて、不要な低域をカットしよう
「聞こえていないけど鳴っている超低域をカットすれば、ミックスがクリアになり、音圧も上げやすくなる」と言われますが、確かにこれは正しいです。
ただし、何の意図もなく「とりあえずローカット」ばかりしてしまうと、肝心な「音の芯」まで削ってしまい、全体的に貧弱なサウンドになる危険性があります。
最近はSpliceやLoopcloudなどのサンプルを使った制作も増えましたが、多くのサンプルは最初から、ある程度、音の処理がされています。そういった場合は、必ずしもローカットが必要というわけではないんです。自分で録音した音の場合でも、「どこまでの低音が本当に不要なのか」をしっかり見極めてからカットしないと、大切な低域まで削ってしまうことになります。
もちろんローカットが悪いわけではありませんが、全体で音を見極め、「本当に不要な帯域にのみ」かけるようにしましょう。
参考: DAWのソロボタンはなぜ使ってはいけないのか? – スタジオ翁
4. EQはブースト方向ではなく、カット方向に使おう
僕も、音楽を始めた最初の数年間は「とにかくEQはカット方向で音を作る」やり方が常識だと思い込んでいました。
でも実際は、自分が聞かせたい帯域を思い切りブーストしても、よほど極端な量(数十dB単位)でなければ音が悪くなることはほぼありません。たとえ多少歪んだとしても、リスナーにはほとんどわからないレベルでしょう。
それより、場合によってはカットよりもブーストのほうが、素早く理想のサウンドに近づけることだって多いです。
なので「EQはなるべくカットで」という発想に縛られず、ブーストもカットも遠慮なく使って、自分の求める音を追求していきましょう。
5. エフェクトはセンドリターンでかけよう
リバーブやディレイをかけるならセンドリターンを使う——これは確かに定番ですし、同じエフェクトを何チャンネルにも使うならCPU負荷や操作性の面でメリットがあります。
とはいえ、チャンネルごとにリバーブの種類や設定を変えたほうが良いケースもありますし、最近のPCは性能が高いので、プラグインを立ち上げすぎてDAWが落ちるリスクは、昔ほど大きくありません。
つまり、「必ずセンドリターンじゃないといけない」というわけではないんです。必要に応じて、インサートとセンドリターンを使い分ければOK。決まった常識に縛られる必要はありません。
参考: リバーブはセンド&リターンで使うべき?それとも直接インサートすべき? – スタジオ翁
6. パラレルコンプレッションを活用しよう
パラレルコンプレッションは、「原音のダイナミクスを残しつつ自然に音圧を上げる手法」として知られていますが、電子音楽のミキシングでは、正直あまり必要ありません。
シンセサイザーなどの電子楽器は、そもそも生楽器ほどダイナミックレンジが大きくないからです。わざわざパラレルコンプレッションのような高度テクニックを使わなくても、普通のコンプ設定で十分対応できるケースがほとんど。
もちろん使ってはいけないわけではありませんが、「パラレルコンプ」という技にこだわるよりも、まずはコンプそのものを正しくかける判断力を身に付けるほうが遥かに大事です。
7. 楽器ごとに違うリバーブ設定を使い、空間を演出する
リバーブにはスプリング、プレート、ホール、ルーム…など様々な種類があります。エンジニアによっては、楽器ごとに異なるリバーブを使い分けているケースもありますよね。
でも実際のところ、たいていの人にとっては、リバーブは1〜2種類あれば十分だったりします。
リバーブ選びに集中しすぎると「本来、作曲やアレンジに使うべきエネルギー」が奪われてしまうといったデメリットもありますし、大人気歌手のVaundyは、Baby Audioのリバーブに関して「これがあれば僕のイメージする音を、ほぼ再現できます。」と言っていたくらいです。
BABY AUDIOのプラグインはすごくいいです。マジで良いからあまり教えたくないくらい(笑)。BABY AUDIOの中でもテーブエミュレーションのTAIPと、リバーブ/ディレイプラグインのSPACED OUT は最強です。これらがあれば僕のイメージする音を、ほぼ再現できます。
VAUNDY インタビュー – サウンド&レコーディング・マガジン 2024年1月号
僕も、ドラム用に1種類、それ以外のシンセ用に1~2種類、最大でも3種類ぐらいしか使いません。やみくもにたくさんのリバーブを使って「空間を演出しなきゃ」と思いこむより、むしろシンプルな工程で制作に集中できるほうが、結果として良い曲に仕上がることが多いです。
といっても、それぞれのリバーブに違った魅力があるのも事実で、いろいろ使ってしまったり浮気してしまうこともあるんですがね・・・
サンプルベースなら、そもそも音を調整しなくても良い
先ほど少しお伝えしましたが、最近はSpliceやLoopCloudといったサービスを使うサンプルベースの作曲が主流なので、ミキシングエンジニアのように、細かな音の調整をする必要はほとんどなくなりつつあります。
Spliceなどのサンプルは、そもそも最初からいい音なので、ガンガンEQをかけても音が大きく崩れる事はあまりないですし、ローカットをかけたりせずにそのまま使っても、十分良いミックスになります。初心者から抜け出すと、次はいろんなテクニックに手を出そうと考えがちですが、いろんなテクニックを使って音を良くしようとすることで、逆に音が悪くなっているケースも、ミキシングエンジニアとして僕はこれまでたくさん見てきました。
ミキシングテクニックも時代に応じてアップデートされていくので、ここまで紹介したミキシングの常識は捨て去り、新しい常識をインストールしておきましょう。
参考: Splice | 全アーティストが導入すべきサンプル音源サービスの決定版 – スタジオ翁
参考: 「Loopcloud」は本当にいま登録すべきサブスク音源サービスか? – スタジオ翁
情報まみれの現代人は、テクニックに囚われすぎている
膨大なチュートリアル動画や情報がある現代だからこそ、僕たちはテクニックに執着しすぎて、本質を見失いがちになってしまいます。
今回ご紹介した「今すぐ捨てるべきミキシングの常識7選」はあくまで僕自身の経験から学んだ結論ですが、ここまで読んで「なるほど、確かに…」と思うところがあれば、ぜひ一度試してみてください。
不要な「常識」を削ぎ落としてシンプルに作業することで、作曲やミックスがグンとラクになりますし、結果としてより良い音楽が作れるようになるかもしれません。
ぜひ、参考にしてみてくださいね。